「ミラクル」(辻仁成)

子どもにだけ見える2人の幽霊

「ミラクル」(辻仁成)新潮文庫

息子のアルと暮らす
ピアニストのシドは、
亡き妻を思い、
日々悲しみに暮れながら過ごす。
シドはアルに
「雪が降る日にお母さんは
帰ってくる」と教える。
母を知らないアルは、
2人の幽霊・ダダと
エラソーニと出会い、
友達になる…。

2人の幽霊は、アルに語るのです。
「感動したことを絶対忘れないように
 生きていくなら、もしかしたら、
 私たちは見え続けるかもしれない」
「時間や、システムや、
 社会の愚かな流れに、
 振り回されるような人生を
 選んだ瞬間から、お前は
 私たちを見ることができなくなる。」
「サンタクロースは存在する、と
 信じ続けている
 大人だっているんだ。
 数百万人に一人くらいだけどね。」

アルの母親は、
彼をこの世に誕生させることと
引き替えに、その命を失いました。
アルの父親シドは妻を深く愛していて、
その死を認めることが
できずにいたのです。
彼は息子アルに
「雪が降る日にママは帰ってくる」と
嘘をつきました。
そして数年間、
冬になるにつれて南へ南へと移動し、
雪の降らない街を渡り歩いて
生活していたのです。
そんな中で、
アルは幽霊たちと出会ったのです。

アルは成長して現実を直視し、
幽霊たちと決別する日が来るのか、
それともサンタクロースを信じ続け、
幽霊たちを見続けたまま
大人になるのか、その選択こそ
本作品の読みどころでしょう。

アルは南の街で知り合った
女の子・キキから
「早く大人になる」よう諭されます。
その女の子も、
かつては幽霊が見えていたのです。
アルは、自分もまた2人の幽霊の姿が
見えなくなるのではと不安になります。

作者・辻は、現実に振り回される生活を
否定してはいません。
キキの口からは
大人になることの大切さを、
そして幽霊には
それを選択するのは自分であることを
語らせているのです。
では、アルはどちらを選択するのか?
ぜひ読んで確かめてください。

しみじみ思います。
人は大人になるにつれて
何かをなくしてしまうのでしょうか。
「時間やシステムや社会の愚かな流れに
振り回される人生」を選び、
幽霊もサンタも
見えなくなってしまったおじさんは、
読み終えて心が温かくなると同時に、
ほんの少し切ない気持ちになりました。
すべてを信じられる子どもの心に
戻ることはできませんが、
せめて「感動したことを
絶対忘れない」つもりで
生きていきたいと思います。

(2019.12.23)

Goran HorvatによるPixabayからの画像

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